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  • 2014.11.04 Tuesday
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おはよ、こんにちわ、こんばんわ、挨拶全部。

・晴天の日曜日。私は外に一歩も出ないで、自堕落に過ごしていた。
家でYouTubeを巡回していたら、妙にエロい動画を発見する。

http://www.youtube.com/user/cotorich#p/u/6/iU9rq_jX6mI

誰だ、コイツ?と思って調べたら、元AVアイドルの古都ひかるだった。

COTORICH  http://cotorich.jugem.jp/

な、懐かしいっ。昔ビデオ見たことあったなあー。今、こんな事してるんですか。不思議ちゃん系のネットアイドル・・・
何か、他に載ってるビデオ日記みたいのを観てみるが、ちょっと・・・このメルヘンとメンヘルを行ったり来たりしてる感じと、日本人なのにカタコト にしゃべるこの感じ(ちょっと蛍ちゃんを髣髴とさせる)・・・痛すぎていただけない。が、晴れた日曜日に何の予定もなく誰とも会わず、小1時間くらい不思 議ちゃん系のアイドル動画をぼけーっと見続けている私はもっと痛かったのだった。

その後、私はM−1を観て、インデペンデンスデイを観てたら、途中で寝た。黄金ボンクラコースデイ



・マイケル・ジャクソンのTHIS IS ITを観に行った。軽いリバイバル上映みたいな感じになってて、平日の昼間なのに、結構人が入ってた。
内容は、ほとんど無編集で淡々としたリハーサルの記録映像ってな趣き(=作り手の意図はなるべく排除している作り)。良くも悪くも、扇情的な部分は排している。

思ったのは、この映画を手放しで誉めてる連中ってのは、今までマイケルジャクソンにろくに触れたことがない人なんだろうなって事。画面の中のマイケルは、僕がミュージックビデオやテレビ番組で観たマイケルと何も変わってなかった。特に何か新機軸があるわけでも、現代的になってる訳でもなく、80年代的なサウンドと様式美そのままだったのだ。50になってもマイケルは一つとしてブレてない。マイケルはマイケルであり続けたのだ。
別にマイケルの破滅的なプライベートや奇妙な美意識を揶揄するなとは言わないけど(それはスーパースターの宿命なのだから)、「マイケル・ジャクソンの真実」のもう一方を、皆、あまりにも知らな過ぎたんじゃないか。僕はそう思う。
僕の隣で、老夫婦が単調な映画の演出に耐えかねて、いびきをかいて寝ていた。途中トイレに立つ人間も多かった。それが、スーパースターの最後の記録に対する観客の興味の度合いなのだとしたら、あまりに不幸すぎるし悲しすぎる。

僕が近年大ハマリしているSF作家・田中哲弥が、自身のブログでこの映画の感想を以下の様に記している。普段はおちゃらけた文章しか書かない人なんだが・・・沁みる。


This is it

『ジーザス・クライスト・スーパースター』のクライマックスで、磔になったキリストに向かってユダはこんな風に歌う。
“If you’d come today you could have reached a whole nation. Israel in 4 BC had no mass communication.”

マイケル・ジャクソンが死んだと聞かされたときぼくはこれを思い出していた。キリストは現代に生まれていても同じ目に遭ったんじゃないかと思う。紀元前四年のイスラエルでも、現代のアメリカでも、本当のスーパースターは民衆を導き、利用され、誤解され、殺される。

今、映画”This is it”が公開されて、これまでマイケル・ジャクソンといえば奇矯な人物としか知らなかった人々がそのすごさに触れて驚いていると聞く。二十代の頃にライブ でマイケル・ジャクソンのパフォーマンスを体験できたぼくは幸運だったなと思う一方、おまえらの無知と品性のなさが彼を殺したんちゃうんかという憤りも強 い。今頃なに言うとんのじゃ。

ライブの疑似体験とでも言うべきこの映画を見ているあいだ、ぼくはそのかっこよさにしびれまくったけど生きていればこんな映画よりもっとすごいパ フォーマンスが見られたはずで、きっとその次はもっとすごかったはずなのだ。でもマイケル・ジャクソンは死んでしまった。かくして伝説がこれから始まるの だろう。ぼくはなんかつらくてたまらない。





・ロメオ・カステルッチの、「神曲 地獄編」を観に行く。今年の春に同じくカステルッチの「Hey!Girl」に衝撃を受けてたので、彼の舞台を再び観に行った。6,500円もの大枚をはたいたが、全く観に行った事を後悔していない。



一応、演劇だとか芝居の範疇に入る公演なんだろうけど、そんなカテゴリーを内側から爆破したかの様な放埓ぶり!!全く『お話』としては成立していなくて訳が分からないが、イメージの奔流が怒涛過ぎて呆気に取られてしまう。説明できないのだ・・・どんな演目だったのかって事が!!断片的に事実を羅列する事は出来るけど、全体的なテーマとか印象とかを考えると・・・もう、頭は混沌に導かれる!!!!一つだけ僕が確かに言える事は・・・「神曲はゼッタイこんな話じゃないっ!!!!」

前回と比較した上で感想を述べると、今回は音に非常にこだわって作ってあって、演目全体が一つの交響曲の様な趣で、ずっと1時間半途切れずに何らかの音が鳴り続けていた。とても心地よかった。
今回もTDLこと、吉田良がエキストラで出演していて、下は2,3歳の幼児、上は60近いおじいちゃんおばあちゃんまで、老若男女そろい踏み。メインキャスト含めると50人近い人間がクライマックスで集団自殺をして、累々と舞台上に倒れているその様は壮観の一言だった。

カステルッチの作品は、舞台という器をストーリーとかエンタメとか感情とか、そういったある種煩わしい要素から解放していく作業に自分は見えた。そっから何が見えるかって言うと、むき出しのイメージと美意識だ。そんなものを正面からぶつけてくる、ものすごい舞台だった。
もうすっかりカステルッチのファンになってしまったよ、あたしゃ。

あ、こちらのブログに詳細のレポートが載ってます。
http://d.hatena.ne.jp/machiavellism2285/20091211

コレ読んだだけじゃ訳わかんないだろうけど、実際見ても訳が分かる訳ではないよ。こりゃ、劇場に足を運ぶしかないよ。真の意味で。僕もこんだけヘンテコな作品をいつか作ってみたい。

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