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  • 2014.11.04 Tuesday
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復活祭 根暗編

約一週間ぶりです、皆様。お元気でせうか?

僕はここ一週間、ずっと続く微熱と、全身を襲う謎の痛み(筋肉痛っぽいんだけど、有り得ないとこまで痛み出す奇病)に悩まされながら、なんとか一週間を乗り切っていました。初めて、金払ってマッサージにも行ったよ。全然効き目なかったけど!
ああ、社会復帰もままならねぇ〜。

改めまして、皆様。甦る杵渕宙樹の世界にご来場頂きましてありがとうございました!
夢と現実が交錯する魔境から、なんとかかんとか、帰って参りました。

今回の公演は、TDLさんとの共同戦線だったのですが、両団体の杵渕作品へのアプローチが見事に真逆で、個人的には非常〜!にその対比を楽しんで おりました。まあ、あまり両団体共に、ガッツリ見に来てくれた方は少なかったと思うんですが、共同公演を張った意義は非常にありました。そうゆう意味でい い企画になりました。
今回は、そこんとこを深く突っ込んで解説して、本企画の締めにしたいと思います。

まあ、他にも自団体・根暗ノミコンノーヴァについて思うとこは色々ありますが、書いてくと煩雑になるし言い訳になるしみんなにとっては退屈になるし、止めておきます。まあ、公演に関わってくれた人達には、直接伝えていきたいと思ってます。
 さてさて、
「らっかばこ」の解説から順繰りにやっていきます。


根暗ノミコンノーヴァ 「らっかばこ」



今回のらっかばこをやるに当たって、何に重きを置いて作ろうとしてたのか?今になってはそれをよく思い出せない。
けれど、杵渕宙樹の美しい言葉並びに対して、自分の出したいイメージに沿ったメディアや仕掛け(音・照明・映像・箱男など)を一つ一つ当てはめていったら、ああゆう形に辿り着いた。っていう感覚が、僕の「やりたかった事」に一番近いと言える。

今回書き加えた脚本や、芝居全体の演出に関しても、なるべく杵渕脚本の良さを殺さず、原作で宙ぶらりんになってる伏線やキーワードを拾い上げる事 に徹した。というか、自分なりの言葉に直そうとして崩そうにも、あまりに原文の完成度が高すぎて、下手に手を加えられなかったってのが正直なところ。
まあ、いずれにしろ、僕は元々ある脚本の世界に、自分なりの様々な要素を足していって、芝居、という肉体を作り上げていくって言う、プロセスとしてはまあ、オーソドックスな方法を取らせて頂きました。
結果、様々な要素がいい具合に色んな場面や言葉と上手くリンクして、立体的な迷路の様な作品になったと思う。それは狙ったところが、予想以上に上 手く機能したものだと思う。それに関しては、僕だけの力だけでは決してなく、役者・音効・照明・映像・箱チーム、それぞれのパートがお互いに力を持ち寄っ て生み出せたものである、と思う。関わってくれたみんなには、そういった意味でも感謝しております。
(余談ですが、らっかばこを観て頂いた杵渕さんから、書き加えた部分に全く違和感を感じなかったという誉め言葉を頂きました!やったね!)

今回一番こだわったのが、イメージの連鎖。このらっかばこって作品を、単一なイメージだけにしたくなくて、様々なイメージの連なりを描いていっ て、その結果、コラージュアートのように、ボンヤリと作品全体の印象が立ち上がればなあ、と考えていた。それは、何人かの観客の反応から観て、概ね成功し たのではないか、と思う。観るたびに印象が変わる舞台を目指したので、何回か見に来て頂いたお客様にその様な感想をもらうと嬉しかった。



最後は、個人的な雑感になりますが、自分のやりたいことが、今回の演出をやってみてはっきりと分かった、というか再認識できた。
僕は、『創作』がやりたいのではなく、結局『編集』がやりたいんだなあっていう事。
今回は既成の台本による芝居、要は他人様の脚本(世界)を使って芝居を構築するっていう作業を初めてやったんだけど、なんら自分の中で違和感がなかったのが不思議だった。なんかしっくり来ていた。(下手すると、自分の書いた脚本以上にしっくり来てる部分もあったぐらいだ)
それは、他者の言葉を自分なりに解釈して、再提示する編集的感覚で作品を作れたからだ。

他の要素である、音楽にしろ映像にしろ、素材だけあらかじめ決めておいて、後は、音効さん映像さんの作り出してきたものを取捨選択して、思うとこ ろに配置する。それが違和感なくスムーズに自分の中で行えたのが、発見だった。(照明に関しては、僕がまだ素人的な知識と認識しか持っていない為、なんと もいえず)
逆に、振り返ってみるに、これまで自分が書いた脚本を演出している時に、スムーズに決められた事がないのだ。いつも迷いながら、ギリギリまで決 めかねている。そんな記憶が僕の中にある。それは何故かって言うと、自分が書いてきた脚本なり、頭の中の構想が確固としたものではなかったからだ。

僕は自分の中から湧き上がってくる主張や感情、吐き出したいドグマがあって、芝居をやったり、自己表現をやっている訳では、決してない。むしろ、いわゆるオタクっていう作品の受け手サイドに回っていた期間が長かったので、
「この作品が、この音が、この言葉が、この手法が、好きなんです!!!!」  っていうある意味ミーハー根性の発露としての、自己表現をやってい たと思うんですわ。無自覚にね。だから、まず、作品を作る上での土台となるべきものが、自己でなくて、他者なんだなあ。と。他者の作品ありきでないと何も 出来ないんだなあ、俺はって思ったのです。
その他人の作ったものを自分の中で引っかきまわして、面白おかしく編集してえなあ、と。それを自分はやっていきたい。そう気付かされた作品だったのだ。

本当に今回の公演は、そういった意味で自分の中でターニングポイントになったと思う。今後の創作の方針も固まってきたいい公演だった。



さて、やはり自分の事ばかり書きすぎてしまい、TDLの事を書くには、文章が長文になりすぎちゃうんで、TDLの公演については次回また書きます。TDLさんの解説が読みたかった方スミマセン。

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  • 2014.11.04 Tuesday
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