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  • 2014.11.04 Tuesday
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ちち、ゆれ!ちち、ゆれ!!

最近、長文を書くモチベーションがすごい下がってて困っています。
twitterとかで、小まめに言いたい事を吐きだし過ぎてるのが主原因なんですが、このままでは、元々小指の爪の先ほどしかなかった文章能力が、更にバクテリアレベルまで縮小してしまうのではないか!!と、危機感を抱きつつの更新でございます。

長文を執筆するのが面倒くさくてしょーがないこのご時世、今回は何が何でも書かなければならない話題なんすよ。。。
なぜなら、劇場版クレしんの最新作、
「ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」 が公開されているからだッッ!!!!!!!





まあ、この記事から読んでる人にはなんのこっちゃ?って話でしょーが、
僕はね、去年何を思ったのか、クレしん映画を片っ端から見ていってレビューするという、もはや始めた動機すらも思い出せない、長い長いレビューのデスレースをやった事がありましてね(結果、途中で力尽きた)。

http://sumou-zanmai.jugem.jp/?eid=185#sequel
http://sumou-zanmai.jugem.jp/?eid=192#sequel
http://sumou-zanmai.jugem.jp/?eid=194#sequel

「ダレニタノマレタワケデモナイノニ、オレナニヤッテンダ?」っつって片言のオズマみたいな自問自答を繰り返すくらいにきつかったんですが、お陰様で積年の原恵一嫌悪に決着が付いたし、友人間でクレしん映画評論家と持て囃される所までいきましたとさ・・・

んで、そのクレしん博士と半ば褒め殺し気味に持ち上げられてる、俺様が言うのだが、


今年のクレしん映画はサイッコーだ!!!!!!!!!!!!!!
って事なんですよ!!!!!!!!





 


何がサイコーなのか?
それは本作が20年以上続く老舗シリーズ、クレしん映画の総決算足りえている内容だからだ!!

本作はあの憎っき中島かずき脚本だというので、最初はかなり警戒していたんだが、なかなかどうして、中島かずきらしかぬバランスの良さを発揮し、ギャグ・アクション・日常、そして感動路線etc…すべての要素を過不足なく盛り込んだ、娯楽の満漢全席STYLEを高い次元で成立させている!
それでいて、近年はご無沙汰だった家族という主題に正面から取り組んで、見事にものしている。。。
すごいじゃないか!中島かずき!!!!!
(この収まりの良さを、何故、「キルラキル」や「仮面ライダーフォーゼ」で出せなかったのだろうか・・・?)

(自分も含めて)今までクレしん映画から足が遠のいていた諸兄もこの作品は是非に目を通してほしいのだ。
今年のクレしん映画は最高傑作だぞ・・・と。認識してほしいのだ。



さて、本作そのものを論じる前に、まず、クレしん映画の歴史と一つの命題について話をしよう。
それは原恵一監督作に端を発する【しんのすけヒロイック問題】だ。

皆様ご存じの通り、原恵一とはかつてのクレしん映画を手掛けた監督で、一時期のクレしん映画黄金時代を築いた立役者だ。
彼の手掛けた「オトナ帝国の逆襲」と「アッパレ!戦国大合戦」はもはや子供向けプログラムピクチャーの枠から大きく逸脱し、子供ちゃんのサイフ(=親)を狙い撃ちにした映画作品として制作された逸品だ。
そこでの、大人を魅了する凄まじい脚本のクオリティーと深遠なテーマ性は、アニメファンのみならず百戦錬磨の映画ファンにも拍手喝采を受け、この2作は伝説となった。
しかし、それが同時にクレしん映画の危機をも招く事態となった。

【しんのすけヒロイック問題】とは、読んで字の如く、主人公しんのすけがヒロイックに振る舞う一連のクレしん映画に対する、私の危機意識の表れである。
主人公なんだから、ヒロイックに振る舞って当たり前ではないか!という批判は当然あるだろう。
だが、皆よく考えてほしいんだ…

コレ、クレヨンしんちゃんなんだけど!!!!

しんのすけが怒り、涙し、悪に敢然と立ち向かう。。。これに対して違和感を覚えないだろうか?普段散々おバカをやっといて、いざ劇場版の大舞台ではカッコイイ【主人公】になるのか?
それって、ジャイアンが映画になると、暴君からドラえもん一派の勇者に様変わりするのと、さらにはのび太が劣等生から急に覚醒したヒーローになってしまうのと、まったく同じ過ちじゃん!!
ドラえもんにおいてはファンタジーの比重が大きいので、ジャイアンやのび太問題はギリ許せるのだが、
クレしんってそもそもが日常ギャグアニメであるし、しんのすけのキャラクターって、大人の考える理想のお子様像に対する、子供側からのカウンターの意味合いを含むキャラだったのじゃないか!?
ヒロイックに振る舞ったらその時点で、しんのすけ…ひいてはクレヨンしんちゃんの根幹的なアイデンティティーに関わるのでは・・・?

私は、そう、とてもとても聡明でクレバーでインテリジェンスな私は、「オトナ帝国」を初見した時点でその様な問題意識を抱いていた。(まあ、当初は「なんか気持ち悪い」くらいにしか思っていなかったけど)
初代クレしん映画監督の本郷みつるは、恐らくクレしんの本質にかなり自覚的だった様で、しんのすけが大舞台でヒロイックに振る舞わないように、映画的要素からはかなり慎重に距離を置いていた。クレしん映画の記念すべき第1作「ハイグレ魔王」で、映画の半分近くの尺を使って日常描写を徹底していたのは、日常の、普段のテレビアニメのクレしんの延長戦上に劇場版がある、という考えがあったのだろう。
しかし、次の監督の原恵一は、本郷が堅持していたクレしんの日常性を放棄し、映画の主題にあっさり与してしまった。クレしんのテーマ性そのものよりも作家性を優先させてしまったのだ。そして「オトナ帝国」と「アッパレ!戦国大合戦」においてこの矛盾は沸点に達してしまった。

長年続くシリーズものの宿業とも言っていいが、人気作が初期のテーマ性を逸脱し、結果的に別の生き物に生まれ変わってしまう事は、宗教などの物語が発生した時点から延々と続いている人類そのものの問題に他ならない。だから逸脱そのものは問題ではない。
だがしかし、原恵一の前述の2作はあまりにも劇薬に過ぎた。映画作品として世紀の傑作であったし、そのクオリティーは一つの事件だったのだ。
以後、この原恵一の感動路線、ヒロイック路線がスタンダードになり、以後の作品においては、この原作品は(距離を置くにも近づくにも)全く無視できない金字塔となってしまったのだ。
以後のクレしん映画の内容的停滞は、確実に原作品の毒がシリーズそのものを蝕む結果となってしまった事は否定出来ない。(興行的には逆に上向きになってはいたが)


だが、そこから10年以上経った。10年シリーズを絶やすことなく続けた。言い換えるならば、10年もの長き間、クレしん映画は研鑽を重ねてきたのだ。
思えば、去年。私は初めて映画館でリアルタイムで、クレしん映画「バカうまっ!B級グルメサバイバル!!」を見た時からそれを感じていた。
そこでは、しんのすけを始めとした子供だけのチーム、かすかべ防衛隊が七転八倒するドタバタギャグが展開されていた。
原恵一の呪縛と言ってもいい、伝説の2作の重力下から軽やかに解放され、クレしん映画は子供映画本来の闊達で自由な空気を取り戻していたのだ!!
それでいて、敵方の首領を同情的に描いたり、家族愛でホロリとさせる描写も煩くない程度に入れてくるなど、決して無意味な先祖返りをしている訳ではなく、今しか出来ないクレしん映画のアップデート版となっていたのだ。
私は大いに笑い、大いに満足して劇場を後にした。私が求めていたクレしん映画が確かにそこに復活していたからだ。(後で脚本を確認したら、私が敬愛する作家・浦沢義雄の作品だった!)
クレしん映画、また旬がきたんじゃないの!?と心が躍り、来年も見に行こう!!!!と、固く決意したのだ。




と・・・言うわけでね。死ぬほど長くなりましたが、これが、今までのクレしん映画史のあらましでーすwwww


さてさて、大体言いたいことの半分以上はここまでで吐き出してしまった感はありますが。。。

ここに来ての、「逆襲のロボとーちゃん」がとんでもねーケッサクだ!!!!!!ってゆう話なんですよ!!!!
前述もしたが、本作はクレしん映画の総決算たる内容だ。クレしん映画を全作品見通して来た勇者の私が言うのだから間違いはないッ!!

あらすじをザザッと簡単に説明すると…
●ぎっくり腰をやってしまった父ひろし。たまたま目の前を通った怪しげな整体サロンで、なんと!ロボットの姿に改造されてしまった!!ロボとーちゃんにときめくしんのすけ!機械の身体になってしまった夫を冷たく拒否するみさえ!!
ひろしを改造した怪しげなサロンも忽然と消え、警察にもまともに取り合ってもらえない中、野原一家は何とかロボになったとーちゃんを受け入れつつあったが、その陰には、現代社会で失われた父権を取り戻そうとする組織、父ゆれ同盟の暗躍があった…
果たして、ひろしは元に戻れるのか!?




本作には今までのクレしん映画が作り上げてきた「型」以上に、そこかしこに過去作品へのオマージュが見て取れる。
分かりやすいトコだと、巨大ロボ同士のバトルを傑物アニメーター湯浅に任せているのは「雲黒斎の野望」、ロボとーちゃんの子供たち救出シーンは初期クレしんのクライマックスのビーチフラッグ描写なんかを思わせるが、特に括目すべきはギャグ描写だ。ここ近年にはなかった勢い…どころか、クレしん映画唯一のギャグ特化作品「栄光のヤキニクロード」に迫る勢い!!
「ヤキニクロード」は一発ギャグ的な破壊的な描写が多かったが、「ロボとーちゃん」は個々の関係性のギャグや、クレしんのお約束を踏襲したギャグが多かった。
ここは、ドタバタコメディーを得意とする中島かずきの面目躍如と言った所だろう。

ただ、この作品が最もオマージュを捧げてるとゆうか、ゴール地点として設定しているのは間違いなく「オトナ帝国の逆襲」だろう。
父ひろしが作品の主題の時点でニヤリとしてしまったが、野原一家の絆がある事件によって脅かされるのから始め、アクション・ギャグを挟んでの後半のシリアスな展開!からの、感動的なクライマックス!今回は、こういった「オトナ帝国」のメソッドをかなり意識的に取り入れている。近年はそういった展開から距離を取っていただけにこのカムバックにはかなり強い意志を感じたのだ。

んで今作において、「オトナ帝国」ではさわり程度だった父ひろしのアイデンティティークライシスが、より切実に、かつ、観客を幻惑する形で描かれていて、後半のロボとーちゃんの懊悩は胸に突き刺さるものがあった。
ここで重要なのが、父ひろしを取り巻く家族の中でのみさえの選択だ。妻みさえのしっかりと地に足のついた、「そりゃそーだわいなー」と、なんども首を縦に振らされる現実的な目線。それが一本串の様にグサッと頭からケツまでシナリオに突き刺さっているので、観客はこの荒唐無稽なギャグアニメにどっぷりと浸ることができる。劇中のリアリティーラインがみさえを通してハッキリと明示されているのは、今までなかった構造で(どちらかと言うと、それは今までゲストキャラの仕事だった)、この図式だけでごはん三杯食える程「ウマーい!ウマいよおおおおおおおお〜〜〜!!」と、快哉を叫びたくなった。

ただ、「オトナ帝国」より更に一歩先んじている部分もあって、それは、やはりお子様しんのすけの扱いだろう。
「オトナ帝国」の欠点…とゆうか重大なギルティーは、テーマを描くためにしんのすけのキャラを犠牲にしてしまった点にある。悪の組織に不実を訴えるしんのすけ!とゆう妙な倒錯はなく、しんのすけは、あくまでも野原一家の長男のおバカな幼稚園児としてのスタンスを崩さない。

本作でもしんのすけには重要な見せ場があり、そこでしんのすけが主人公然とした成長を遂げる描写でもある。正直かなりグッとくる展開だ。ただ、そこは必要以上にヒロイックにならない様、かなりの配慮がなされており、実に子供らしい馬鹿馬鹿しいものだ。そこが笑えるし感動にも繋がっている!それを経た上での、ラストのしんのすけの態度には、近年のクレしん映画に横たわっていた欺瞞が全くなく、ただ清々しい感動が待っているのである!!!!

要は私が以前から口を酸っぱくして批難していた【しんのすけヒロイック問題】を、本作は超克している!!のだ!!!!!
「アッパレ!戦国大合戦」において万感の涙をこぼした、しんのすけに見えてしんのすけならざる者はもはやここには、いない。
僕らが知っている、嵐を呼ぶ園児、クレヨンしんちゃんが、帰ってきたのだ〜〜〜〜〜!!!!!!

そういった意味で、今回の「逆襲のロボとーちゃん」、、、
クレしん映画の最高傑作として認定します!!!
・・・俺がッッ!!!!!!


原恵一作品の呪縛から見事解放され、新たなスタンダードとなった今作。。。
まあ正直、武井咲いらなくね?とか、敵の設定の雑さとか、気になる部分は散見されてはおりますが、
そんなん抜きにしても、激しくオススメであります!!!!!
子供映画としても、大人が見る映画作品としても驚愕のクオリティーを実現しているので、まだ未見の諸兄は急いで劇場に足を運ばれたし!!!!!

ほれ、ちょうど今日、映画の日だからさ!!!!!!



 

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