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  • 2014.11.04 Tuesday
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のりことのりお

・きゃりーぱみゅぱみゅの新作「なんだこれくしょん」を聞いた(いまさら!)





前作「ぱみゅぱみゅれぼりーしょん」も相当攻めてる内容だったが、今作は更にエッジが際立っている。
シングル曲「にんじゃりばんばん」「インベーダーインベーダー」の時点でかなりの奇手奇策だったけど、今回のアルバムは、ほぼ全体がそんな珍妙な楽曲で占められている!!!!!

歌詞がほぼ【み】しかない「み」や、捻じれた童謡の様な聴き心地の「のりことのりお」、90年代ダンスナンバーへのオマージュ「最後のアイスクリーム」・・・などなど、実験ギリギリの楽曲が並ぶが、それらが全てポップナンバーとして昇華されて、聞いてて楽しくなっちゃうのは、驚きと言う他ない。

特に・・・1曲目「なんだこれくしょん」!
ドンドンドッドッカッ!と、お馴染の太鼓のリズムでぱみゅぱみゅ音頭を繰り広げる珍曲!!
いわゆる出囃子みたいな曲なので、1分足らずの楽曲なのが残念すぎる。出来ればお祭りとかで、「ぱみゅぱみゅ!!」っていいながら、延々ぐるぐる盆踊りしたい!!
この曲が出囃子を担っている時点で、このアルバムの全体像は決まったようなものだ。

そうなのだ。「なんだこれくしょん」の特異性は、ここまで好き放題にやりながらも、結果としてポップアルバムとして立派な商品にもなっていて、ウレウレになる事も確約されている事だ。
そうゆう意味で、錚々たる珍曲群の中にしれっと初期capsuleの名曲カバー「Super Scooter Happy」が収録されているとこもポイントだ。
この曲はいわゆる渋谷系フォロアー期のcapsule曲なので、メロディの楽しさは別にして凡庸な渋谷系楽曲だと言わざるを得ないが、このアルバムの中に置く事によって、この楽曲がショックアブゾーバーないしは、振れ幅の一つになっている!!とゆう事だ。
延々と「のりことのりお」みたいな曲が続いても、(個人的には好きだが)聞いてて鬱陶しいし、かといって、「Super Scooter Happy」みたいな曲ばかりでも、起伏のない平凡なアルバムになってたろう。
このバランス感覚たるや・・・ヤスタカ神、プロ中のプロの仕事ッッ!!!!!!!

明らかに実験的なのに、ポップさはまるで失われていない。むしろ聞いててウキウキする。なんだろうか、これは。現代が誇る奇盤なのは間違いない。






・ちなみに「なんだこれくしょん」、、、あるネットレビューでは、このアルバムを聞くとほぶらきんを彷彿とさせると書いていたが、然もありなん。掛け値なしにポップなのに、楽曲の音色や構造はすっごい不気味っていう意味では、確かにナゴムっぽい!!





ほぶらきんついでに、僕も似たような連想をした。
アーチスト周辺状況も込みで、こんな変なアルバムを聞いたのは、電気グルーヴの「VOXXX」以来なんじゃないか?と思ったのだ。
あのアルバムも、電気の持つ【日本を代表するテクノグループ】とゆうパブリックイメージを、音でひたすら破壊していく作業に徹していたアルバムだった。
結果、完成した「VOXXX」は制御不能な狂気の産物であったが(制作中はあまりの過酷さにスタッフが続々と倒れていったらしい笑)、対して「なんだこれくしょん」はヒョイッと、あくまで平熱に手軽に出した感さえある。この両者の差はなんなんだろうか?

それは思うに、きゃりーぱみゅぱみゅのキャラクターに拠るところが大きいと思う。

例えば、熱量の違いなどは、顕著だ。
ライブ中のきゃりーの頑張ってない感は凄い。踊りも歌も平板で(しかも、歌は口パクだけど)、とにかく同時代のアイドルに比べて熱量が希薄だ。同時代のアイドルは酸欠になりながらもステージで激しくパフォーマンスをし、お笑い芸人並みにキャラ立てに苦心してるのと比べると、いわば棒立ちに近いくらい、きゃりーは何もしてない。決められた動きで愛想を振りまくだけだ。
しかし、それが画になる。それこそがきゃりーの魅力そのものになってしまっている。

一言で言うと、平熱感とでも言おうか・・・とにかく、きゃりーは頑張ってない(風に見える)。
それは、自分のキャパ以上の事はしない。しても無駄だという、頭の良さでもあるんだけど、どこかその振舞いが高貴にモノに見えてしまうん、、、だよね。
それこそが、彼女のアイドル性・・・さらに付け加えるならば、かつてのアイドルが持っていた筈の高貴なアウラなんだと思うんだよね。
只、立って手を振ってるだけで、民衆はメロメロ。練り歩くだけで、キャーキャー黄色い歓声が上がる。きゃりーはそういう真の意味でのアイドル性を持った数少ない天才だと思うのだが。


アイドルの意味を回復するアイドル。それが、きゃりーぱみゅぱみゅ なのだ
(ロキノン的な煽り)




・かせきさいだぁの「かせきさいだぁのアニソング!!バケーション!」聴いた。

バンド体制になってからのかせきさいだぁは、何をやらせても高品質で、抜群の安定感。
しかも、1年に1枚はアルバムをリリースしているという、ハイペースっぷり!!ファンにとっては、今こそがかせき最盛期なのかもしれない。

んで、
去年と一昨年のアルバム2作で一際目を引いたのが、80年代のB級アニソンを現代風のアレンジでシティポップに衣替えした楽曲。これが、選曲の渋さもさる事ながら、パッと聴きではアニソンだとは分からないくらいにシャレオツで聴き馴染みの良い好楽曲に仕上がっていた。
それが好評だったのか、今作は題名通り、すべてアニソンカヴァーでの企画盤。ポップで聴き応えバッチリ!(アニメファンに届くのかは分からないが)





アニソンとシティポップは、昨今のトレンドで、特にシティポップ〜AORは世界的に今、波が来ているジャンルだ。ベテランアーチストもこぞってシティーポップな楽曲をリリースしてきている。ワンモアタイムで、テクノ〜ディスコの代名詞みたいな存在だったダフトパンクが、AOR風味の新譜を出した時には度肝を抜かれた。

その流行ってる二大トピックをドッキングさせよう!と思ったかどうかは知らぬが・・・かせきかせきさいだぁのセンスは他の追随を許さぬぐらいに、カッティングエッジ。アニソンの解体が上手いなあ〜と思う。
原曲の持っているメロディーの美しさは全く損なわずに、そこに様々な新味を付け足していて実に見事。
かせき自身も歌唱力がぐんぐん上がっていっており、もはやラッパーと言うよりも、シンガーみたいな趣き!90年代の乾いたラップをしていた頃と比べたら、信じられんね。

ただ、このアルバムのラインナップを見てみると、なんつーか、90年代の楽曲が極端に少ない。即ち、自分が一番アニメを見ていてアニメに狂っていた時期の楽曲が少なくて、ちょい不満だった。
さらに、数少ない90年代の楽曲がよりにもよって「残酷な天使のテーゼ」かよ!!案の定、この曲に限ってはかなりスベッてしまってるな・・・どうせなら、ナディアの主題歌やって欲しかった・・・





・しかし、かせきが90年代(正確には〜1990年代中盤〜2000年代中盤まで)の楽曲をチョイスしなかったのは、実は正解でもある(まあ、90年代の曲が少ない理由は、単純に自分が若い頃に聴いてた曲と、最近の曲しか知らなかっただけだろうけど)。

何故ならば、アニソンは90年代後半からゼロ年代半ばくらいまでにおいては、ひっどいクオリティーだったからだ。
ひどいっつーと語弊があるかもしれない。もっと正確に言うならば、内向きに閉じていたのだ。
かつてのアニソンは、歌謡曲と密接に繋がっていて、子供向けやオタク向けのアニメに於いても、楽曲自体は当時の最新の流行を取り入れていた。特に80年代のアイドルブームとは相性抜群で、名だたるアイドルが楽曲を提供していたり、時には声優として出演していたりもした。(「クリィミーマミ」なんかはその典型例だろう)

しかし、そういったアニソンがだんだんとフレッシュさがなくなり、形骸化も極まってきた95年頃に、エヴァンゲリオンがヒットする。
エヴァの主題歌なんかは、OPのアニメーションと共に当時としては破格のスタイリッシュさだったが、しかし同時にとても自閉していた様に自分には感じられた。
特に歌詞世界は、衒学的な言葉を散りばめながらも、ものすっげーセンシティブで、今で言う所の厨二病まっしぐらな内容。 

「残酷な天使のテーゼ 窓辺からやがて飛び立つ ほとばしる熱いパトスで 思い出を裏切るなら この空を抱いて輝く 少年よ 神話になれ!」 

だってよ!!!!!中学生当時はシビレルくらいにカッコイイ!!と繰り返し聴いてたが、今、冷静に見返すと、別に意味でシビレますね・・・ま、しょうがないけど。

ともかく、
エヴァの爆発的ヒットは、アニメが社会現象となるのと同時に、スタイルの固定化・自閉化も促してしまった。アニソンも例外ではなく、ゼロ年代中盤くらいまでは、エヴァ病とでも言うべき病理にハマってしまい、アニソンはどんどん自家中毒的にダサくなっていく。
如何にもアニソン!って曲か、J-POPの5年遅れくらいの後追い曲しか現れなくなってしまうのだ。

そういった長い雄伏の時を経て、2000年代中盤よりオタクカルチャーが社会的なブームになるにつれて、アニソンもエッジの効いた表現として息を吹き返すのだが、約10年・・・アニソンは世の流れとは全く遠く離れた場所に位置する、ガラパゴス諸島だったのだ。

とゆう感じのね、アニソンの歴史をかせきさいだぁのアルバムを聞きながら想いを馳せた訳っす!!
無駄に長えな、いつもの事ながら!




・ついでに、イルリメのやってるユニット(((さらうんど)))の新譜の話もしておこっかな。




http://sssurrounddd.com/


1年前に出た前作「(((さらうんど)))」も、今年でた「New Age」も素晴らしいシティポップアルバムで、夏の夜に窓を開けて風を入れながら聴きたいような・・・そんな爽やかなアルバム。
そして、アートワーク〜サウンド〜歌詞にまで行き届いた80’sセンスがニクイ!
自分の大好物だらけの御馳走アルバムに間違いないんだけど、なんかやっぱり違和感があるのも否めない。

イルリメって、良くも悪くもこういう素通りをさせる曲を書く人じゃなかった気がする。

こんな事言っても詮無いことだというのは分かってるんだけど、僕は初期のイルリメの曲が好きだ。
メロディをバッキバッキに解体して遊び倒し、意味の繋がりを拒否するかの様な奇矯なラップを高速連射する。そんな、掴みどころのないカオスな曲ばかり連発していたけど、それでもそれらがポップソングとして軽快に鳴り響く。そういった痛快さを持ったアーチストだった。

それからアバンギャルドな方向性を脱して、パーティーラップ〜叙情系に作風を移行し、ついにはアコギ弾き語りの作品を出すに至るまでの変遷の中で、イルリメの作品は随分と聴き触りが良くなった。ポップソングとして普通に通用し、気軽に口ずさめるような曲も増えていった。
しかし、それらの作品群はどこか歪だ。
俳句で言うならば、字余り。ファンクで言うならば、フェイク、と言った所だろうか。通常の手続きをどこかに放ってはしゃいでみせる。
そんな、どこかトリッキーで油断ならない、【揺らぎ】をイルリメは持っていたのだ。
勿論、イルリメの最大の特徴である、ドナルドダックみたいな甲高いダミ声っつー感じの特殊な声質も、その【揺らぎ】に一役買っているだろう。

とにかく、イルリメは良くも悪くもリスナーの中に爪痕を残すアーチストだったのだ。

しかし、この(((さらうんど)))では、そのひっかかりをまるで感じない。
注意深く聴けば、様々な音楽的技法や手管、煌びやかな歌詞世界の妙も見えて来る。が、そんなマニアックな事を考えるまでもなく、イルリメのあの耳に残る、アノ特殊な声質さえもクリアになって、楽曲に溶け込んでいる。
とても聴き触りがいいんだけど、全然身体に残らないのだ。

長年のイルリメのファンの自分からすると、なんだか、物足りない。そう思ってしまう。

この(((さらうんど)))。ここでVo.を務めるイルリメはなんだか蜃気楼の様な印象を受ける。実態感が希薄だ。既にイルリメというアーチストはこの世になく、我々は彼の残した残響音を聴いているに過ぎない。そんな感想を抱いてしまうのだ。
しかし、それは決して退屈な時間ではなく、心地よい夢の中の様な浮遊感もあって・・・とか、様々なイメージを呼び起す懐の深〜い作品となっている。

とゆうね、不思議な聴き心地の(((さらうんど)))のニューアルバム「New Age」。。。
えーとね、ドライブとかにピッタリのアルバムですよ!!!!

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