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  • 2014.11.04 Tuesday
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手に入れたいんだ、イノベーション

・炭酸ジュースが好きです!でも、自分が好きになった炭酸ジュースがすぐ生産中止になるのは何でなんですか!?かつて、自分がベスト・オブ・コーラだ!!と思って、ハマりたおしたグリーンコーラはあっという間に市場から姿を消したからな―。

だから、コーラとファンタの混成ジュース、無くなってしまう前に買い貯めしています!


・なめろっかちゃん氏から借り受けたマンガ、「70億の針」読了。

特に可もなく、不可もなくな作品。
「共生」をテーマにしたSF作品で、宇宙人が主人公に寄生するという設定だったので、必然的に寄生獣を彷彿とさせる。
比較的短い分量の中において、特に過不足なくプロットを消化しきっていてスッキリとした印象。しかし、同時にどうしても物足りなさが募ってくる。

その物足りなさとは、つまり、物語にのめり込むだけの熱量が足りん!って事だろう。

この作品はとにかく魅力的なエピソードが不足している様に思う。描きたいテーマややりたい事は十分に描けてるから一見完成度が高い様に見えるが、その実、読んでいて退屈だった。
マンガの中で描かれているキャラがどんな奴で、どんな事をやらかしてくれるのだろう?というワクワク感がない。ただ、お話を構成する要素が成立するギリギリレベルのものがあるだけ。

それも、作品のスリム化を図る為にあえて、煩雑な要素を省いている訳ではなく、最初期のデザイン段階からプロットが無駄を省かれた機能的な形に特化している様に思う。キャラ数も少なく、キャラに与えられた要素もあまりない。良く言えばシンプル、悪く言えば物語の奴隷とでも言うべき味気なさ。

つまりは、骨組みがそこに開示されるだけで、肉付けがない作品である。確かに、80年代のマッチョイズムで装飾過多の時代は遥か昔。今はスリムでシャープなものがもてはやされる時代である。
装飾は嫌いだ!!といって、自転車からブレーキさえ外しちゃうぐらいだから、物語も簡素化するのは必然なのかもしれない。

でも、みんないい加減気付いているだろう?
一番重要なのは、設定・話の骨子じゃないんだ。肉付けの部分。つまりは作品が与えてくれるエモーション!それこそが一番の肝なんだ!って事を。
作品に肉がどの様についていき、それを我々がどう頂くか。作品を観賞するとはそういう事なんじゃないのか?
このままでは、我々は与えられた骨をただ嬉しそうにしゃぶる犬になり下がってしまうだけではないのか?そういった危機感が常に僕の頭にある。



・この「70億の針」に限った事ではなく、最近の物語には、肉付けのプロセスをすっ飛ばして結論を急ぎたがる作品が多い気がする。

特にアニメ作品なんかがそうだ。
最近のアニメは、1クール約13話程度でシリーズが終わるものが多い。これは如何にも味気ない。やっとキャラに慣れてきたと思ったら、もう最終回だー!ってパターンが多い。とりわけキャラと世界観で魅せていくアニメの作風では、30分×13本程度で描くにはちょっと物足りないのだ。(逆にサスペンスだったらこれくらいの分量がちょうどよい)




・かつて、アニメは1年かけて一つの物語を紡いでいく、一大サーガだった。50話近くもの作品は、コンプリートするのに若干を億劫な分量だが、時間と労力をかけた分だけ、物語世界には得も言われぬ深みがあった。


機動戦士ガンダムの中で、マニアの間で良く話題に上る回がある。

それは「ククルス・ドアンの島」という掌編で、全体の中ではちょっとした箸休め的な何てことない回だ。
この回、まず議題に上がるのが、作画の崩壊っぷり。制作状況が逼迫していた故か、はたまた気が抜けていたのか、この回のクオリティーはひどい。

予告




ザクがミョーに細いし!(↓参照画像・下が通常の太さ)、





動きもカクカクしていて、描線もメロメロだ。
おまけに内容も、やっすい任侠ものみたいなベタベタな展開!このちょっと前の回では、主人公のアムロが実母とひと悶着あって事実上の絶縁を突きつけられるヘビイな展開だったと記憶しているが、それに比べれば笑っちゃうくらいに牧歌的な話だよ・・・
おまけに全体的なストーリー構成とは何ら関係ない話だし・・・

かようにダメダメな要素で塗り固められた「ククルス・ドアンの島」。本来ならば速攻で黒歴史と化す所だが、意外にも、本作の人気は高い。
まあ、半分くらいはネタ的に愛されてるんだろうが、それだけが「ククルス・ドアン」の魅力ではない。
なんか、上手く言えないけど、妙にリアリティーがあって、心にスッと入ってくる話なんだよ、ククルス・ドアンは。
いつもの殺伐とした戦争ものとは違う、牧歌的な話だからなのか?脱走兵となったククルス・ドアンに執拗に迫ってくる戦争の影がリアルなのか?はたまた、カット毎に変形するアムロの顔面や粘土細工みたいなふにゃふにゃのガンダムの異次元感覚にハマってくるのか?
それらが「味」となって得も言われぬ面白さを獲得している。つまり、与太話に近いおもしろ味があるのである。

これは、どうしても骨組みだけの作品には不可能な芸当だ。「ククルス・ドアン」は、本筋には全く関係ないぜい肉の様な回であるからだ。そもそも必要ないのだ。
でもさー、みんな考えてもみてよ。肉って食った時は何処が美味い?
そう、脂身の部分、ぜい肉の部分なんだよ!!
人によっては、ファットで余分な部分だけど、より肉を味わう為ならば、脂身も必要になってくる。
フライドチキンやビフテキやトンカツに脂身がなかったら、つまらないでしょ?
おっと、まあこれは人によって好き嫌いあるんだが。



・いずれにしろ、骨組みばかりに気を取られている今のアニメ界には「ククルス・ドアン」を許容する力がない。これは哀しい事だ。

僕は骨をしゃぶるより、肉を堪能したい。ぜい肉のジューシィな部分をたっぷりと味わいたい。
それは、全体の中の一種のアクセントや彩りの意味で重要なのであり、決してその価値は低いものではないのに・・・
それを切り捨ててしまうなんて、せつない話だ。

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  • 2014.11.04 Tuesday
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